Tips (in Japanese)

ゼミ発表の準備について

ゼミ形式の学習・発表のための大雑把な準備の手順は以下の通りになります:

  1. [読解] 文章を読み(英語文献の場合は必要に応じて英語を訳し),数式の計算を追う.
  2. [整理] 何が説明されているか(もっとも大事な主張は何か,主張をサポートする例・議論は何かなど)を整理する.
  3. [再構築] 文献をなるべく見ないで,自分の理解で内容を再構築する(ポンチ絵を描いたり,自分用のメモをつくる).
  4. [準備] 発表形式(板書かスライドか,持ち時間はいくらかなど)にあわせて,発表準備をする.発表メモをつくる.
  5. [練習] 時間を測りながら,発表練習をする.自分の言葉で滞りなく説明できているかチェックする.
  6. [発表] 1-5に基づいて,(ゼミの文献ではなく,できるだけ自分のメモに基づいて)自信を持って発表する.

高校や学部前半の学習では,仮にゼミ形式のような発表機会があっても,1か2くらいまでの学習経験しか持たないことが多いと思います. しかし,学習内容をしっかりとした自分の知識にするためには,むしろ3から始まる部分の方が大事です (実際,現場の研究者が新しい研究を始めようとしているときも,上に並べた手順の中でも特に3を重視して,新しいことを学習していくことが多いです). 上にまとめた手順の中で,1-3の準備段階で特にやってほしいことを強調すると

  • [必須] 担当箇所に出てきた計算は,途中計算も含めて全部自分のノートで計算すること
  • [推奨] ゼミ文献やその翻訳をしただけのメモではなく,内容を自分でまとめ直したノートを作ること

の2つになります. 知識にむらが出ないように,これらは自分が発表担当になっていないときにも取り組むべきことです. 2つ目は必須とまでは言いませんが,発表内容を自分用のメモとして整理することで初めて, 研究にも使いうる自分の知識となります.

 以下,1-3のステップでわからないことに出くわしたときの対処法と, 4-6のステップで必要になる発表の心構えについてまとめておきました. ちなみに,セミナーの準備の仕方については,純粋数学のトップ研究者である 河東泰之さん(東大教授)のホームページ に1つの理想形に関する記述があるので,一度読んでみることをお薦めします.

わからないことへの対処法

ゼミ発表の準備や新しいことを学習していると,読みやすい文献を選んだとしても必ずわからないことが出てきます. このようなときには,以下のような処方を取るとよいかと思います:

  • [分析] わからないことが出てきたら「何がわからないか,わからない」という状況を突破するために, わからない部分がどこなのかを,まず自分の中ではっきりさせる必要がある. 具体的には,文の意味が取れないのか,計算が追えないのか,主張に納得できないのかetc.というように, 「わからない」の意味を可能な限り明瞭にする.
  • [調査] 何がわからないのかが特定できたら,ゼミの文献だけでなく,他の文献やインターネットを使って調べたり,友達や教員にも聞いてみる. 人に質問することは恥ずかしいことでもなんでもないので,躊躇せずに聞くべし.
  • [モニタリング] 自分の発表に向けて,最終的にわからないことが残ることもあるし,わかったと思ったところも100パーセントの理解に 到達することはあまりない. そこで,「ここは80パーセント以上確信を持ってるけど,ここは20パーセントくらいの自信しかないetc.」といったように, 自分の中での理解度のモニタリングをしておく.

箇条書きにするために分けて書きましたが,現実には上記の対処を分離せずに行うことも多いです. たとえば,学習段階でわからないことが出てきたら,私は雑談がてらとりあえず知り合いに話してみることが多いです. すると,質問するためにわからない点を人に説明しようとして話しているうちに,自分が「何をわかっていないか」という点が明瞭になっていき, 知り合いからの明確な返答がなくても結果として疑問が解決することがあります. これは上に挙げた分析と調査が同時に進んだようなパターンに該当します.

発表の設計

文献紹介をしていくようなゼミで発表担当がまわってきた際には

  • 自分の発表担当の箇所について, 著者が説明していることを明瞭にし, その内容を噛み砕いて解説すること

が求められます. このためには,必ずしも文献に書かれていることをそのままの順序で説明しなくてもよく, 他人にわかりやすいように自分なりに再構築した説明をするようにした方がよいと思います. ただし,「英文を正しく訳せるか」といった基本的な技能を確認・習得することが目的のゼミでは, 内容を再構築して話すよりも英文をとにかく訳してくることを求められることもあるので, 何が求められるゼミなのかを初めに確認をしておいた方がよいです.

 さて,具体的に発表準備をする際には,担当箇所の理解が曖昧なままに準備を始めようとすると, 準備に非常に時間がかかって苦労する上,失敗した発表になってしまうことが多くあります. したがって,1-3のステップで,まず

  • 発表で説明するべき担当箇所の主な内容・主張・計算
  • そのうち何が理解できていて,何が理解できていないか

をはっきりさせる必要があり,これらが整理される前に発表準備に入るのは避けるべきです. また, 教科書の輪講のようなゼミでは基本的には

  • 発表担当箇所に出てきた計算は,明示されていない途中計算も含めてすべて黒板で示す

ことを前提に準備する必要があります. ただし,発表時間内に話せないくらい煩雑な計算については,計算の方針・概略を示して, 途中計算についてはメモを配布するという手段を取ることも可能かと思います. また,1つのまとまったテーマについて説明するような発表を準備するときには,以下の典型的な流れの例も参考にしてみてもよいかもしれません:

  • [目的] 自分の発表によって「何を伝えたいか」を示す(時間があれば「なぜそれが大事か」も説明する).
  • [主張] 主な主張・結果とその導出に至る議論・計算を示す.
  • [例・応用] 主張・結果に当てはまる例や,その応用を説明する.
  • [まとめ] 発表内容のまとめを示す.

研究室の選び方

大学院進学を考えている場合,どの研究室の誰を指導教員にするかを決めて,大学院入試を受ける必要があります. 研究室選びは,基本的に自分の興味に合わせて選んでよいのですが. 学部の頃に考えている「大学院でやりたいこと」は「学部の延長として勉強したいこと」にはなっていても, 実際に大学院での研究テーマを反映しないことが多いことに注意しておいた方がよいかもしれません(実際,学部の頃にやりたいと思ったテーマを研究できている人は,ほとんどいないように思います). そのため,自分の興味に合わせて大雑把に分野を定めたとしても,研究室を選ぶ際に以下の調査は行っておくことを強く薦めます:

  • [1] 志望研究室の教員・大学院生が,ここ数年で書いている論文や取っている研究費を確認する.
  • [2] 研究室を訪問して,指導希望の教員と研究テーマや大学院生活について質問する.
  • [3] 研究室を訪問して,希望する教員に指導されている学生から情報を得る.

[1]は研究がアクティブに行われているグループなのかを見る指標になり, [2]-[3]で研究室訪問をする際に少し詳しく話を聞く準備になります. [2]は実際に研究室に入った場合にどのような研究テーマを与えられる可能性があるかを知ることができ, 自分の興味を満たせる場所なのかの情報が得られます. [3]は教員の指導と研究室の雰囲気がハッピーなところかなど,研究室の実情を知るヒントになります.

 ちなみに,大学院で本郷の指導を受けることを希望する場合は,

  • 研究室訪問に来て,ぜひ直接相談 (Zoomなどを用いたリモートでの相談も可)

しに来てください. これまでの研究内容や最近の興味は Research, 出版論文リストは Publications, 研究費の獲得情報などは Misc.にまとめてありますので, 必要に応じて参考にしてください. また,研究では,微積分・線形代数の講義で習うような基本的な計算能力に加えて

  • [物理] 解析力学,量子力学,熱・統計力学,場の量子論
  • [数学] フーリエ変換,複素解析,群論

といった科目の知識を使っていくことが多いです (特に,場の量子論の手法を基本的な道具立てに使うことが多いのですが,その前提知識が上に挙げた科目に多く含まれます). そのため,これらの科目のうち学部の講義で習うものについては,しっかりと学習しておいてもらえると助かります. 一部の分野については Book Guide に参考図書の紹介を載せておいたので, こちらも参考にしてみてください.

研究の流れ

大学院に入ってからは既存の分野についての知識を学習するだけでなく, 自分の研究テーマを定めて,実際に研究を始めていくことになります. 研究は,基本的に教科書にも論文にも載っていない新しい問題・アイデアを出し, それらを解決していく活動になります. そのため,「講義を受講したり教科書を読んだりして知識を増やす」という活動の単なる延長にあるわけではなく

  • 自分の問題を自分で定めて,自分の解き方で問題を解いていく

という極めて主体的な活動をしていくことが求められます. とはいえ,何もなしにアイデアが出てくることは稀なので,自分の興味を絞って先行論文などを読み込むことで

  1. どんな問題が重要 or おもしろそうか.
  2. 何がまだわかっていないか.
  3. それがわかるとどんな拡がりが出てくるか.
  4. 問題解決にむけて自分のアイデアは何か.

を考えていくことになります. また,先行研究を読み込む以外に,研究発表を聞いたり議論したりという(他分野を含む)人との交流により, 思わぬアイデアが出てくることが多々あるため,自分の分野に囚われず,多くの人と物理の話をすることがとても重要になります. 「物理学者になれば他人とコミュニケーションを取らないでも生きていける」というのは大きな間違いで, むしろ他人とうまくコミュニケーションを取れる人ほどよい研究をしていけることが多いです.

 ちなみに,上にまとめた1-3の部分は研究の屋台骨となる部分で,最終的に出た成果からは見えにくい部分なのですが, この部分を自分でしっかり考えておかないと,出てくる研究成果もそれなりのものにしかなりません. 最近は,論文出版数や(インパクトファクターなどの)出版した学術誌の「格」などで研究者の業績を測る傾向が強くなっているため, 残念ながら 「他人の論文に書いてある問題や流行している問題を深く考えずに取ってきて、4だけを自分のできる範囲でやって論文を書く」 という人も多くなっていますが,ぜひ1-3をしっかり考えて自分の取り組む課題を決めていってほしいと思います.

 ただし,1-3ばかりに嵌って考え続けていても,研究をしていない「物理評論家」になってしまうだけなので, ちゃんと研究を薦めていくために,4とその先まで突っ込んで行く必要があります. そこで,改めて「理論物理に関するある研究課題を始めてから終えるまで」の一周について,大まかな流れをまとめると

  • [1] 課題の設定:解くべき問題を見出す,またはつくりだす.
  • [2] 方針立て:問題を解決するためのアイデアを出す.
  • [3] 課題解決:アイデアを実現して,問題を解く.
  • [4] 論文執筆:得られた結果を整理して,論文にまとめる. 
  • [5] 査読:論文を学術誌に投稿し,レフェリーと戦う.
  • [6] 出版・発表:論文として出版し,研究成果を国内外の研究会などで発表する.

となります (上にまとめたアイデアを出すための1-4の検討が,ここにまとめた全行程の中の[1]-[2]に対応). どのような研究課題かによって,ある程度のばらつきはありますが, かかる時間は大体[1]-[3]のステップで全体の1/3,[4]が1/3,[5]-[6]が1/3くらいというのが目安になるかと思います. ただし,[2]から[3]へ進む過程で,しばしば(というかほとんどの場合)アイデアの軌道修正が必要になりますし, [4]にたどり着くまで[2]-[3]でループになったり,場合によっては初めに戻って[1]-[3]でループになったりします.

 人にもよりますが,研究で一番おもしろいのは[1]-[3]のステップであることが多いので, 結果が出ても,それを放置して論文をなかなか書かない(書けない)という人も多くいます. 私もその傾向が比較的強いので,自戒も込めて,大学院のときの指導教員からいただいた

  • 「仕事をしても出版しなければ無と同じです」

という言葉をここに残しておきます.

 以下,少し長くなりますが,各ステップでやることや注意すべきことについて,もう少し具体的にまとめておきます.

[1] 課題の設定:解くべき問題を見出す,またはつくりだす

既に上でも少し触れましたが,研究課題を設定するためには

  • 指導教員や先輩など研究室内の人と話したり,研究室外の人(分野も問わず)と話す.
  • 自分の興味があるテーマについての先行研究などの文献を読み込む.
  • 研究会やセミナーなどに参加して,興味がある分野の情報を知る.

という取り組みをしていくことが基本になるかと思います. 取り組みたい研究課題が自分の中で既に定まっている場合には,教員と相談しながら突き進めばいいと思いますが, 初めての研究の場合には,まず指導教員に「いま気になっているテーマのリストと基本となる文献教えてもらえますか?」などと尋ねて, どういう方向の研究テーマが身近にありうるのかを聞いてみて,興味を持ったテーマの基本文献を読むことを出発点に取るとよいと思います.

 ちなみに,1990年代後半以降は,発表前の論文も含む原稿(プレプリントと呼ばれる)が, arXivというオンラインサーバーに投稿され, 物理の論文は,最新のものまでほとんどすべてを無料で読むことができます (分野ごとに分かれていて,たとえば,素粒子論の中でも弦理論や場の理論のフォーマルな研究は hep-thのnewまたはrecentをクリックすれば,最新の投稿から順に論文を見ることができます). ある分野の最新の動向を掴むには,自分の研究分野のnewかrecentを日課として眺めて, おもしろそうな論文をもうちょっと突っ込んで読むようにするのがよいかと思います. ただし,arXivに投稿される論文は膨大で,かつ質も残念ながらピンからキリまであるため, 目利きにならないとarXivの投稿論文を眺めている重要そうな論文を判別するのはむずかしいです. そのため,とりあえずどういうテーマが流行っているのかをざっくり知りたい場合には, Physical Review LettersのHighlightsに取り上げられた論文を眺めてみるのも 1つの手かもしれません.

 また,最近はコロナの影響もありオンラインで研究会やセミナーが配信される場合が,まだ比較的あるかと思います. このような,現地参加だけでなくリモートで参加できる機会を活かしたり,youtubeにアップされたものを視聴したりすることで, 最新の研究の動向を掴むということもできるようになっているので,教員や先輩にそのような情報をシェアしてもらうようにお願いするのも有用な手段になるかと思います.

[2] 方針立て:問題を解決するためのアイデアを出す

[1]で定めた問題をどのような手法を使って解くか,基本的な方針を定めます. この際に,どういう問題を考えているかにもよりますが,アイデアと研究成果にもいくつかのバリエーションがあります. 典型的なパターンとして,代表的な3つの分類ともっとも華々しい研究成果の例を挙げてみると

  • (1) 既存の手法の徹底した適用:既存の方法論の延長ではあるが,新しい物理現象を予言する.
      [例. David Gross, Frank Wilczek, David Politzerにより発見された量子色力学の漸近自由性 (2004年のノーベル賞)]
  • (2) 新しい手法の開発・提案:新しい理論手法・方法論を開発し,そこから物理を生み出す.
      [例. Kenneth G. Wilsonにより定式化された相転移・臨界現象に関するくりこみ群 (1982年のノーベル賞)]
  • (3) 類似した現象・概念の統一:異なる分野間のアイデアの融合や互いの輸出入による,統一的理解.
      [例. 南部 陽一郎により明らかにされた素粒子物理学における対称性の自発的破れの機構 (2008年のノーベル賞)]

などがあります. したがって,必ずしもアイデアや手法自身が本質的に新しいものである必要はなく, (1)のように既存の手法を用いても,新しい決定的な成果が出ることもあります. そのため,初めて研究する場合は,既存の手法を用いた方向で攻めるのが安全だとは思います. しかし,研究をいくらかこなせるようになってきたら,既存の手法だけに縛られずに,問題とアイデアを自由に考える時間をなるべく持つようにした方がよいと思います [私も最近は「まず場の理論の言葉(=既存の手法)で問題設定と解析が可能かを調べよう」と考えがちなので,偉そうなことは言えないのですが...].

[3] 課題解決:アイデアを実現して,問題を解く

解きたい課題とアイデアが定まったら,あとはそれを実現して問題を解くのみで, ここが研究の山場になります. うまくいくだろうというアイデアが浮かんでいれば,大体なんとかなるような気しますし, 実際に,1日から数日足らず根本的なところを突破できることもあります. しかし,往々にしてアイデアがうまく行かず,数ヶ月オーダーで同じところから進めなくなるという, 非常に苦しい思いをすることもあります. これまでの個人的経験では「この問題だったらX日くらいで突破できるな」と見積もった課題について, Xの3から5倍くらいの日数がかかることが多いように思います.

 ちなみに,アイデアを実現しようとしてうまく行かない場合は,根本的なところでの掛け違いが生じていることもあるため, [2]の方針や(場合によっては[1]の課題設定)まで戻って,根本的な考え直しが必要になることも多いです. そのため,1つのアイデアに拘りすぎず,人と議論しながらいろいろ試行錯誤することが有効になります.

[4] 論文執筆:得られた結果を整理して,論文にまとめる

問題設定とアイデアがうまく噛み合って結果が出たら,あとはこれを可能な限り早く論文として発表する必要があります. そのためにはまず,論文の出版形態と投稿先を定める必要があります. 論文の出版形態は,大雑把に

  • Letter: 結果(+α)のみを簡潔にまとめた速報.2段組みで4ページ程度,1段組みで10ページ程度の長さが典型的.
  • Full paper:計算過程なども可能な限り記して,研究成果をしっかりとまとめたもの. ページ数はピンきり.
  • Review:ある分野に関する結果のまとめを行ったもの.分野に大きく貢献した人が書くのが典型的でかなり長い.

に分けることができます. オンラインジャーナルが主流になった近年では,LetterとFull paperの区別が曖昧になりつつあるのですが, 従来はコミュニティに早く共有すべき研究成果などはLetterとしてまず結果を速報として発表してから, Full paperにまとめることが一般的でした. しかしながら,近年ではインパクトファクターなどを重視する傾向が強まったことや, Letterにも補足的なpdfファイルを付けられる雑誌が出てきたためか, Full paperに書くべき内容が補足に入れられて出版されることも増えてしまっています. さらに,投稿誌によっては,Letterの方が査読に時間がかかるなどの事態も生じつつあり, ちょっと困った状況になってきています.

 論文の出版形態と投稿先については,「高インパクトファクターの学術誌を狙う」といった政治的な動機よりも,

  • 研究テーマ・研究内容と,得られた成果がどのようなものかを重視して決める

のがベストだと思います. というのも,論文出版のためには,次の項目にあるようにレフェリーからの査読を通常受けることになるのですが, 論文出版誌と出版形態を適切に決めることで,研究内容をちゃんと理解してもらえるレフェリーに査読してもらい, 成果を洗練させられる可能性が上がるからです. 具体的にどのような投稿先を選ぶかについては,教員や先輩などの意見を聞くのがよいと思いますが, これまで私が投稿した先を挙げておくと,

  • Physical Review系列 (PRL, PRA, PRB,...): アメリカ物理学会 (American Physical Society, APS)が出版している物理に関する分野標準と言えるような学術誌. 分野によってAからEまで分かれているため,研究内容にあったところに投稿するのはまず検討することが多い. 最近は「オープンアクセスでNature,Scienceのような高インパクトファクターのもの」 ということでPhysical Review Xというシリーズも発行し始めた. よい研究成果が出たらLetter形式でPhysical Review Letters (PRL)での出版を狙うというのは定石だが, 最近は査読の質のばらつきが激しくなってきており,微妙な面も出てきているように思う.
  • Progress of Theoretical and Experimental Physics (PTEP): 1946年に湯川秀樹博士によって創刊されたProgress of Theoretical Physics (PTP)の後継誌として,日本物理学会が発行している学術誌. 日本人のエディターがレフェリーを選んでくれるので,頓珍漢なレフェリー・査読に当たることが少ないような気がする. 高エネルギー物理関係の論文は投稿料免除する方法があるが,それ以外の分野だと投稿料が発生する可能性があるのが少し難点.
  • Journal of High Energy Physics (JHEP): 高エネルギー物理分野で標準的なオープンアクセスのオンラインジャーナル. 投稿料不要でページ数制限もなし,投稿方法なども簡単化されていて,ある意味では非常に最適化されているため, 高エネルギー物理の論文はとりあえずJHEPかPRDに投稿するという人は多いように思う. だが,査読や出版前の校正などの質はそこまで高くないような気もする.
  • SciPost Physics: 物理全分野をカバーするJHEPのようなオープンアクセスジャーナル. レフェリーの査読で送られてくるレポートとそれに対する応答などがすべて公開されるという,非常にオープンな方針で運営されている. そのためか,レフェリーレポートで理不尽な指摘を受けることなどは少ないのではないかと思う.
  • Annals of Physics: 多くの分野をカバーしていて,(少なくとも少し前までは)しっかりした内容の論文を出版している学術誌. 学位論文で取り組んだ骨太な論文を出版するのに適しているように思う. 投稿したときに非常によい査読をしてくれるレフェリーに当たって,とても助かった.
  • Physics Letters B (PLB): 高エネルギー物理まわりで,ある程度気楽にLetterとして投稿できる雑誌. PRLに落とされたときに何回か投稿したことがあるが,非常に標準的だった.

 さて,論文の投稿先と出版形態を定めたら,あとはそれに合わせて原稿を書くことになります. 論文を書く際には

  • 論理的な飛びがないように,背景・課題・設定・成果がすべて明瞭に伝わるように書く

ことに注意する必要があります. このとき,計算メモのように自分が行ってきた経緯をそのまま書き出すのではなく, むしろ研究に関するこれまでの個人的経緯を一度忘れて,他人がゼロから読んで 研究の背景・課題・設定・成果がわかるように構成をすべて組み直して原稿を書く必要があります. また,本筋に関係のないことはなるべく書かないようにすることも大事かと思います. せっかくよい研究成果が得られても,それが他人に伝わらないようでは大変かなしいことになりますので, 手を抜かないように頑張りましょう.

 具体的な論文の作文に関しては, Book Guide で紹介した 『理科系の作文技術』 にとても参考になることが書いてありますので, 論文を書くことになったら(あるいは一度原稿を作ってみたら),一読することを薦めます. また,論文を書く際に便利なツールとして,以下のようなものがあります:

  • Grammarly: 英作文のアシストをしてくれるツール. 英文を入力すると,文法・スペル・句読点・単語選択・表現などの様々な面での英文校正をしてくれます. 原稿が一度出来上がったら,とりあえず流し込んでチェックをするとよい.
  • Overleaf: オンラインでLaTeXの処理をしてくれるツール. 自分のパソコンなどで環境構築しなくても,ウェブブラウザ上で手軽にTeXを使える上, 論文の仕上げ段階などで頻繁に共同編集などをする際に便利.
  • Hyper CollocationarXivにある論文をデータベースにして, どのような単語やフレーズが使われているのかといった情報を検索できるツール. 英語の言い回しで迷った際などに使うと便利.

[5] 査読:論文を学術誌に投稿し,レフェリーと戦う

論文を書き終えたら,arXivにアップした上で, 目標としていた学術誌に投稿し,査読を受けることになります. 査読では

  • 分野の研究者によって論文内容のチェックをされ,その結果をレフェリーレポートという形で受け取り,
  • レフェリーレポートで求められた点について,適切な返答と論文の修正をする

という作業をすることになります. レフェリーによっては結果に対して好意的なコメントをもらうだけで済む場合もありますが, 多くは批判的に読んできて,誤りだと思われる部分や明瞭でない部分に対して説明と修正を求めてきます. このレフェリーのコメントに応じて,学術誌のエディターが論文掲載に関する判断をします. エディターの判断は大まかに

  • Accept: 内容に問題なく,論文として掲載することが決定.
  • Minor revision: 内容に大きな問題はないが,レフェリーに指摘された点を少し修正する必要あり.
  • Major revision: 内容に大きな問題があるので,レフェリーに指摘された点を大きく修正する必要あり.
  • Reject: 内容に大きな問題があるので,投稿先で出版することはむずかしいという判断.

に分けられます. 基本的には一発でAcceptになることは少ないので, 多かれ少なかれ「レフェリーに指摘された点について適切な返答と論文の修正をする」という作業をすることになります. このやりとりが,レフェリー(あるいはエディターが)が満足するまで続き,長いときは3ラウンドくらいやり合うこともあります. このプロセスを通して学術誌で出版されたことにより,ちゃんとした学術成果を発表したとカウントされることになるので, 査読を突破して論文として出版しない限り,原則として研究業績として認められないことを注意しておきます.

 査読では苦労して書いた論文に対する批判を受けることになりますし, 場合によっては(ちゃんと原稿を読んでくれていないように見える)レフェリーから的外れの批判コメントをもらうことすらあるので, 感情的になってしまいがちです. しかし,批判をもらったとしても,悲観的になりすぎたり喧嘩腰になったりせず,指摘された点について冷静に対処することが大事です. というのも,

  • 最終的に掲載の可否を決定するのは投稿先のエディターである

からです. レフェリーと感情的な応酬をしても,掲載可否の判断をするエディターにはよい印象を与えないことに注意が必要です. 査読に対しては「レフェリーを論破してやろう!」という態度で臨むというのも1つの手かもしれませんが, 批判的なレフェリーであっても自分の論文の一読者であることを思い出して, 「批判的読者であってもある程度は納得させられるように論文を改善する」という機会として活かすのがよいかと思います.

[6] 出版・発表:論文として出版し,研究成果を国内外の研究会などで発表する

査読も突破し,論文がAcceptされた後,出版のために必要なのは

  • Proofと呼ばれる雑誌側で出版用の校正をしてくれたファイルをチェックする

という作業です. 一部のオンラインジャーナルを除いて,この段階で投稿時のpdfファイルではなく, 出版用に新たにレイアウト調整をしたpdfファイルが雑誌側で作成されます. このとき,場合によっては元の原稿にはなかったような誤植が紛れ込んだり, 意図に合わない勝手な変更をされる場合もあることに注意が必要です. Proof用の原稿が送られてきたら,だいたい1週間以内に確認と返答をする必要があるのですが, 最後まで手を抜かず,しっかりと原稿を確認して出版してもらうようにしましょう.

 論文を出版する前からでもよいのですが,論文出版後には特に国内外の研究会に申し込んだり,セミナーなどに呼んでもらうなどして, 研究成果の宣伝をするようにすることが大事です. 研究者は知り合いがやっていることについては,ある程度認知していることが多いですが, 知り合い以外の研究については自分ではまったく調べないという人も多いです. 特に欧米などの海外の研究者の場合,日本の無名の研究者がやった研究をフォローしてる物好きはほとんどいません. このような場合,

  • せっかく行った研究なのに,無かったものとして扱われる

可能性すらあります. 積極的に研究会などに参加して,研究発表をすることで,研究成果を認知してもらいましょう. 研究発表の準備については,以下の項目も参考にしてください.

研究発表・セミナーの準備について

自分の研究成果が出て論文にまとめ終わるあたりから, 国内外の研究会や他大学のセミナーなどで研究発表をする機会が出てきます. 研究発表も業績のうちに入るのですが, ただ数をこなせば評価が上がるというものではありません. たまに「この人は研究発表の準備を本当にしたのかしら」と思うくらいまずい発表を見ることがありますが, このような場合,優れた研究成果であっても(少なくとも一部の聴衆には一時的に)割り引かれた評価を受けてしまうことになります. せっかく苦労して得られた研究成果が過小評価されてしまうのはとても残念なことなので, ちゃんと研究の価値が伝わるように,よい研究発表を準備するように心がけてほしいと思います.

 研究発表を行う際に最も大事なのは

  • 自分の研究の目的 (示したいこと・問題として解きたいこと)をはっきりとした形で提示し,
  • 発表した自分の研究成果により (部分的にでも)その目標を達成したこと

を明瞭に示すということです. この根幹部分をはっきり伝えることができなかった場合には, どんなに大変な議論や計算・膨大な先行研究を示しても,発表は失敗したと言わざるを得ません. そのため,計算メモや論文を書くのとはまったく違った点に配慮した準備が必要になります.

 具体的に発表準備をする場合には,発表形式・持ち時間によって異なった対応が必要になります. 理論物理で見られる代表的な発表形式と持ち時間・特徴などを列挙すると

  • 1時間程度の口頭発表 (研究会の招待講演):
    スライドを使った発表が多いですが,稀に板書で話す人もいます. レビュー的な全体講演となることが多いので,聴衆に合わせて 依頼された内容の全体像とともに,自分の研究内容を伝えることが目的となることが多いです.
  • 20分程度の口頭発表 (研究会の一般講演など):
    通常,スライドを使った形式で発表します. 時間的に背景・手法・結果のみを簡単に示すことしかできず,計算の詳細などは話さないことが多いです. 自分の研究の概略に興味をもたせ,聴衆が論文を読みたくなったり,研究セミナーに呼びたくなったりさせることを目標にするとよいと思います.
  • 数時間のポスター発表 (研究会のポスターセッションなど):
    通常,A0サイズのポスターを使って発表します. ポスター発表を聴きに来てくれた人に集中して研究成果をアピールしたり,有用なコメントを貰うことができたりします.
  • 1時間程度の口頭発表 (研究室セミナーなど):
    スライドを使った発表が多いですが,稀に板書で話す人もいます. 特定の聴衆に研究成果を詳細まで伝えることが目的となることが多く, どのような計算を行ったかなど少し突っ込んだところまで話すことが多いです.

があります. 発表形式・持ち時間をもとに,研究発表の目的をはっきりさせ,発表準備をするようにしましょう. 研究発表の典型的な構造としては

  1. [背景・目的]
    研究の背景と問題をはっきりと伝える. 特に,自分の研究によってどういう問題を解決するのか, なぜその問題の解決が大事 or おもしろいのかを明示する.
  2. [手法・モデル]
    問題を解決するために使った手法やモデルを説明する. 時間があれば,これらの手法・モデルを用いて具体的にどのような計算・議論・導出を行うのかも示す.
  3. [結果・解釈]
    自分の研究により得られた主な結果とその解釈を説明する. これらの結果により,冒頭に示した問題のどの部分に(部分的にでも)答えることができたのかを明示する.
  4. [まとめ・展望]
    発表内容のまとめと展望を示す. 上の3項目の概略により,「どういう問題をどうやってどの程度解いたのか」を簡単にまとめ,残された課題などを示したりする.

という流れが標準的で使いやすいかと思います. 準備の際に特に注意した方がよい点を以下に何点か列挙します:

  • 聴衆に合わせた設計:
    研究発表は参加が予想される聴衆に合わせて設計する必要があります. そのため,同じ研究内容に関する発表であっても,聴衆が異なれば発表にも調整が必要になるものと考えておきましょう. 具体的には,参加が予想される聴衆の中から代表的な人を選んで,その人に伝わるように発表を毎回微調整するように心がけましょう.
  • スライドの発表の準備:
    スライドでの発表準備となると,まずスライド作成ツール (PowerPoint, Keynoteなど)を起動させたくなります. しかし,そのようにして場当たり的にスライドを作成していくと,全体の論理構成が見えないスライドができがちです. そのためまず,持ち時間と研究内容・成果に応じて上の各項目に何枚程度を割り当て,何を説明するかといった, 発表全体の設計を行いましょう. この全体の設計に慣れるまでは,真っ白な紙に発表に使うスライドの枚数分の枠を書いて,それぞれのスライドで何を説明するか(どのような図や式を載せるのかなど) を書き込むという作業をすることを薦めます.

発表に関しては, Book Guide で紹介した 『スティーブ・ジョブズ 驚異のプレゼン』 も参考になることが書いてあり,おもしろいです.

 最後に,研究発表は研究業績を持つことに加えて,プレゼン能力を高める実践の場として有効に活用するとよいのですが, 博士号を取得した後に研究職に就きたい場合には,決定的に重要な役割を持つことに注意しておきます. というのも,研究会などの発表を聞くことで,聴衆は発表者がどの程度の研究能力・コミュニケーション能力を持っているかを,ある程度評価できるわけですが, その聴衆の中に将来の採用に関わる人がいる可能性が高いからです. 特に,任期付きのポスドクの職などの場合,「あの研究会で印象的でわかりやすい発表をしていたし,話してもよい印象だった」といった理由で採用が決まることが多くあるように思います. 発表をする際には

  • 自分が行う発表はどれも自分の将来の職につながりうる審査の場である

くらいに思って,しっかりと準備するようにしましょう.

計算ノートなど

以下,個人的な計算メモ.

  • [Under construction]